人は正確な作業を永久に続けることはできません。ヒューマンエラーがあるからです。
人は必ずミスをします。しかし、それが大きな問題になってしまうとはかぎりません。エラーに気がついて修正する能力があるからです。
このページでは、ヒューマンエラーを理解して、ヒューマンエラーを起こしにくくし、ヒューマンエラーに気がつきやすくして修正する方法を解説します。
ヒューマンエラーの分類
ヒューマンエラーを理解するには、ヒューマンエラーにはどのような種類があるのか、分類してみます。ヒューマンエラーは大きく分けて、意図しないヒューマンエラーと意図したヒューマンエラーに分類できます。
意図しないヒューマンエラー
意図しないヒューマンエラーは、手すべり(Slip)、忘却(Lapse)、勘違い・思い込み(Mistake)の3種類があると言われています。
手すべり(Slip)
手すべり(Slip)のヒューマンエラーは、人の行動や認知の不正確さによると定義します。ヒューマンエラーを完全に防ぐことはできませんが、影響を緩和することはできます。例えば、以下のような対策です。
(例1)人の動作が正確ではないため、丸いケーキを均等に切り分けられなかったりします。もともと丸いケーキを目分量で均等に切り分けるのはとても難しい作業です。ケーキを切り分けるガイドがあると均等に切り分けやすくなります。
(例2)砂糖と塩を間違えるのもスリップのヒューマンエラーと考えられます。どちらも白い粉状のものですから、見た目だけでは間違えてしまいます。砂糖と塩の容器の色を変えたりすることは対策の一つになります。ほかにも砂糖に色のついたきび砂糖を使うと間違いにくくなります。砂糖や塩を使う前に、必ず味見すると間違えなくなります。
(例3)手が滑ってスマホを地面に落としてしまうことがあります。運が悪いとスマホ画面のガラスが割れてしまうことがあります。スマホを落とさないようにするには、ストラップを使うことが考えられます。また、保護ケースを使うと落とした場合にガラスが割れる危険性も少なくなります。
(例4)電源配線工事で、電線を端子台に固定して配線するネジを落としてしまって、落ちた悪いと電気的にショートしてしまうなどの事故の可能性があります。手すべりでネジを絶対に落とさない人はいないので、ネジを落としてしまってもショートしてしまいそうな場所に落下しないような対策が考えられます。
(例5)乾電池の向きを間違えて電気品を壊してしまうことがあります。乾電池は逆向きに入れても電池ボックスに入ってしまいます。最近のデジカメなどの電池は、逆向きに入れようとしても入らないようになっています。このように、失敗したくても簡単に失敗できないようなヒューマンエラー防止策をポカ避けといいます。
このように、手すべりのヒューマンエラーは無くすことはできませんが、切り分ける正確さを補うためにガイドを使ったり、味見(検査)して確認したり、落下防止を考えたり、落下した時の影響を小さくしたりするなどの対策をして被害を減らすことができると考えられます。事前にヒューマンエラー発生を想定していれば、対策を講じることができるのです。
忘却(Lapse)
子供の頃の忘れのもといえば、時間割に書かれてある教科書を持ってくるのを忘れたり、買い物しようとして出かけたら財布を忘れたり、買いものしなければならないものを買い忘れたりするヒューマンエラーと考えています。
忘れものをしないようにするには、必要なもののメモを取り、持ち物リスト、買い物リストなどのチェックリストをつけてチェックすることが有効です。
作業を開始すると決めたらすぐに実行し、一連の作業が終わるまで続けることも忘却対策と考えられます。途中で作業が中断したら、作業を中断したこと自体を忘れてしまったり、どこから始めたら良いか忘れてしまうことがあるからです。
最近ではスマホで、実施しなければならないことを忘れないようにアラームやスケジューラにインプットする方法も有効な方法です。しかしスマホに頼り切ってしまったら、スマホを忘れたり、スマホのバッテリーが切れてしまったりしたときに対応できないので注意が必要です。
勘違い・思い込み(Mistake)
勘違い・思い込みは、作業者が正しくないことを、正しいと勘違いして行動してしまうヒューマンエラーです。この勘違い・思い込みのヒューマンエラーとはどのようなものでしょうか?
勘違い・思い込みの有名な事例に、コフカモデルというものがあります。
出典:医療安全へのヒューマンファクターズアプローチ JSQC選書 河野龍太郎著
雪の野原を馬に乗っていたある旅人が、やっとある家にたどり着き、一夜の宿を請うた。その家の主人は、旅人が通ってきたコースを聞いて、旅人の無謀さに驚いた。主人からそのわけを聞いた旅人は、卒倒してしまった。なぜなら、旅人が雪の野原と思って平気で歩いてきたのは、実はそうでなく、湖面に貼った氷上の雪の野原であったことを知ったからである。そこは、土地の人ならとても怖くて通れるようなところではなかったのである。
旅人は馬に乗って景色を見たとき、雪に覆われていたのは野原であって、湖とは思ってもいなかったのです。旅人が心の中で考えた空間(心理空間)が間違っているとは思いつくことはありません。人が正しいと思って疑わない心理空間と実空間の違いですが、このエラーに一人で気がつくことは、ほとんどありませんので、とても厄介なヒューマンエラーです。
コフカモデルでも、旅人は家の主人と話をしたことで心理空間の誤認識に気がつきました。このように、勘違い・思い込みは一人で気がつくことはできないので、第三者とのコミュニケーションが有効です。失敗しない作業を実現するためには、作業手順に誤りがないか、経験者にチェックしてもらい、その手順通りに作業することが有効です。
意図したヒューマンエラー:違反(violation)
意図したヒューマンエラーとは、違反(violation)です。悪いとわかっていて、ルールを破る行為が違反です。
個人としてしてしまう違反は、自動車運転のスピード違反や駐車違反があります。
組織としてしてしまう違反もあり、大きな問題になることがあります。例えば自動車会社が法律で決められていた検査をせずに型式指定の申請をしてしまった事例があります。組織的な違反をしてしまうのは、動機、機会、正当化が揃った時といわれており、これを不正トライアングルと言います。
不正のトライアングルについては、Abitusのホームページをご覧ください。
Abitusは、CFE(Certified Fraud Examiners:公認不正検査士)などの資格試験合格のための教育事業社です。
違反対策:監視、内部監査
個人の違反対策としては、監視が有効です。ルールを伝えておき、ルール通りにしないとすぐにわかるように監視カメラがあるということを伝えておくと、違反は激減します。見られていると意識しているだけで違反を減らすことができます。
違反対策として、違反を見つけたら罰則を強化するという対策もありえます。
一例として、平成18年に福岡市で発生した幼児3人が死亡する飲酒運転事故をきっかけにして、平成21年に飲酒運転を厳罰化した改正道路交通法が施行され、飲酒運転の件数は激減しました。しかしそれでも飲酒運転はなくならず、飲酒運転の運転手がひき逃げするという事件も起きていますので、罰則強化には注意が必要です。
組織で行う違反は、以下のような対策が考えられます。
- 動機を持たせないための環境作り(作業者の人事評価制度、厳しすぎるノルマを与えないなど)
- 機会を与えないための監視・モニタリング(内部監査、監視カメラ、作業分担の明確化)
- 正当性を阻止するには、当たり前のことですが、不正をしてはならないという教育の実施
過去に起こったヒューマンエラーの共有
過去に発生したヒューマンエラーによって、どんな事故などの問題が発生したか、または問題にはならなくても危なかったという事例を集めて共有し、注意喚起する活動は、ヒューマンエラー防止に効果的です。
事故などの問題にはならなかった事例を日本語ではヒヤリハット、英語ではインシデントと言います。
一方、事故になってしまった事例を、アクシデントと言います。
インシデントやアクシデントを集めた事例集を共有してヒューマンエラーを防止する方法をヒヤリハットの共有といいます。
また、ヒヤリハットを理解する上で、不安全状態と不安全行動を理解しておくと、何が問題なのかを明確にしやすくなります。
不安全状態と不安全行動
不安全状態の例は以下のようなものです。
- 装置など物の欠陥
- 保護具の欠陥
- 物の置き方、作業場所の欠陥
- 保護具・服装の欠陥
- 作業環境の欠陥
また、不安全行動は以下のような物です。
- 安全装置を無効にする
- 決められた安全行動をしない(安全措置の不履行)
- 不安全状態を放置する
- 機械・装置の指定された条件をはずれた使い方(場所も含む)
- 動作している機械への接近
- 危険場所への侵入
意図しない、あるいは意図したヒューマンエラーにより、不安全行動を行い、不安全状態を放置してしまうことが問題となります。次に、どのような不安全状態、不安全行動があるのか、事例をもって説明します。
不安全状態、不安全行動については、厚生労働省の「職場のあんぜんサイト」をご参照ください。
上記の不安全状態、不安全行動の例は、「職場のあんぜんサイト」を参考にして、わかりやすいように若干ことばを変更しています。
医療現場のヒヤリハットの事例
ヒヤリハットの内容をまとめておき、共有することは有効なヒューマンエラー防止策です。
特に、医療現場は、医療従事者が薬を取り間違えたら、途中でチェックする人を確保する余裕もあまりなく、事故につながりやすいと言われています。そのため、現場での医療現場ではヒューマンエラー防止策が実施されています。
ここでは、実際に発生した医療事故事例に対して、どのような要因があり、共有したかったヒヤリハットを考えていきます。
(医療事故事例1)人工呼吸器の加湿器に滅菌精製水を入れるべきところ、誤って消毒用エタノールを補充
出典:自治医科大 医療安全へのヒューマンファクターズアプローチ
失敗要因1:滅菌精製水とエタノールのタンクがそっくりだった。
→事前に間違いやすいこと(ヒヤリハット)を共有していれば防げた可能性あり
失敗要因2:滅菌精製水の正規保管場所で滅菌精製水を切らしていた。(在庫管理の不備)
探していたら机の下にあると伝えられ、そのタンクがエタノールのタンクであった。
→滅菌精製水を切らさず、正規保管場所に保管する。
→エタノールのタンクと滅菌精製水のタンクを同じ場所に置かない。
失敗要因3:滅菌精製水を探していた看護師は、手に取ったタンクのラベルを確認しなかった。(ヒューマンエラー、忘却)
→患者に投与する薬品は必ずラベルを確認する。(指差呼称する)
もし、事前に、滅菌精製水とエタノールのタンクが似ていて間違いやすいことが周知されていたら、ラベルを確認したと考えられ、また、エタノールタンクと滅菌精製水タンクを同じ場所には置かないと考えられます。
この事例で共有したいヒヤリハットは、滅菌精製水とエタノールのタンクはそっくりで間違いやすいということです。
(医療事故事例2)副腎皮質ステロイド(サクシゾン)を処方すべきところ、誤って筋弛緩剤(サクシン)を処方してしまい、患者さんが呼吸麻痺に陥った。
薬の名前で、サクシゾンとサクシンは最初のカタカナ3文字が同じです。サクシゾンをパソコンの電子カルテで入力ようとした時、サクシまで入力したら、サクシンが出てきて、誤った薬を投与し、医療事故となってしまいました。
薬は種類がとても多いですから、間違える薬の組み合わせも、たくさんあります。その組み合わせを収集してヒヤリハット事例集として公表しているホームページもあります。
出典:薬局ヒヤリ・ハット事例収集・分析事業 平成26年年報
ヒューマンエラーの種類と対策 まとめ
ヒューマンエラーの分類を系統図にまとめました。
ヒューマンエラーの対策は、
ヒューマンエラーが発生し、インシデントやアクシデントからのヒヤリハットの共有
ヒューマンエラーが発生した時の状況を想定した影響緩和策
エラーしたくてもできないポカヨケ
忘れ物防止のチェックリスト
勘違い・思い込み対策のコミュニケーション(他の人によるチェック)
違反を防止するための監視
不正を防ぐための内部監査
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